Arts / 備前焼・陶芸・工芸・侘び寂び

なぜ備前焼は理想的なカップなのか

土、薪、炎。厳しい制約から生まれる備前焼の哲学と、毎日使う器としての魅力を考える。

窯の中で燃える炎

備前焼は、日本に伝わる最も古い陶芸のひとつである。そして現代においても、理想的なカップのひとつだと私は考えている。

私は熱心な備前焼ファンというわけではないし、陶器全般の愛好家でもない。ただし、体に入れるものには徹底的に気を配るほうだ。砂糖や添加物は普段いっさい口にしないように努めている。いささか極端な人間だといえるかもしれない。

そんな私が備前焼を理想的なカップだと考える理由は、その製法に表れた哲学にある。

まず、備前焼を名乗るためには、素材や製法に一定の条件がある。そのなかでも作家がよく口にするのが、人工的な釉薬を使用しないこと、そして備前の土を使うことである。

釉薬とは、陶磁器の表面を覆うガラス質の薄い膜のことだ。一般的には、器に装飾的な美しさを与えるものとして重宝されている。それだけでなく、吸水性を抑え、表面を汚れにくくするなど、器の実用性を高める役割も持つ。

釉薬を施した食器は色彩が豊かで、人目を引きやすい。人気や売れ行きにもつながりやすいだろう。しかし、備前焼では原則として人工的な釉薬を使用しない。

そのため、備前焼の外見は一見すると地味である。しかし、その素朴さこそが、日本の侘び寂びの美意識を現代に伝えている理由のひとつなのだ。

厳密にいえば、窯で薪を焚くと灰が生まれ、それが器に降りかかることで表面にガラス質の膜をつくる場合がある。これは「自然釉」と呼ばれる。詳しく説明すると話が複雑になるため、自然釉については別の記事で紹介したい。

備前焼は、高温の窯で十日間、長い場合には二週間ほど焼かれる。その燃料にも、自然から得られた薪が使われる。

もうひとつ重要なのが土である。備前焼が人工的な釉薬を使用しないにもかかわらず、丈夫な器としてつくられてきた背景には、備前の土の性質と、長時間にわたる焼成がある。

備前焼には備前の土が用いられる。これもまた、備前焼の伝統を形づくる重要な条件のひとつである。

備前焼の哲学は、こうした素材と製法に関する厳しい制約のなかにある。その制約があるからこそ、土、薪、炎といった自然の力を生かしながら、素材と工程の質を追求することが求められる。

つまり備前焼は、選び抜かれた素材と長い製造工程を通じて、自然との調和を感じさせる器を生み出している。

だから私は、備前焼のカップに安心感と魅力を感じる。

カップは毎日のように口をつけるものだ。それならば、素材やつくられ方に納得でき、長く使いたいと思えるものを選ぶのが一番ではないだろうか。

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